かくて老人は転ぶ (後日編)

七月十日に博多の駅で転んで「顔面血だらけ男体験」をしてから、無理をしないことを自らに戒めると同時に、鍛える努力も大切だということで、危険のない所では少し負荷のかかるスピードで歩く機会も逃さないようにしています。



東京都内での移動は、徒歩の移動の機会が田舎より多く、ときに急いで歩くこともあります。


階段も沢山あります。



七月二十八日は、新宿から東京駅経由で新潟へ移動するため、アシストセンターから新宿駅まで、速足で歩きました。


そこで改めて感じたのは、確かに足は弱っているということです。



以前、新潟でのIST十五日研修で、ずっと屋内で座って過ごした後、東京に出て地下鉄の階段を上ろうとしたとき、「あれっ」とびっくりしました。


あたかも十五日間入院した後の人のように、すっかり足の筋肉が弱っていて、前は平気だったいつも通る階段が思うように上れなかったのです。



その後だいぶ経ちますので、もう元に戻っているだろうと思っていたのですが、今回足に注意しながら歩いてみると、相当に脚力が落ちていることを感じました。



そう思いながらも、出張最終日の昨晩、転んだ時と同じ到着時刻の地下鉄から、同じ新幹線への乗り込みを試みる破目になり、また走ってしまいました。


そうすると、どうやら地下鉄のホームからエスカレータや階段を上がって、改札へのフロアを走っているあたりで両腿に限界の兆候があり、走りから速足くらいに落として進みました。


前回はここで構わず走り通したのが限界オーバーの元になったようです。


切符売り場フロアから地上への階段、地上フロア、エスカレータ、新幹線フロア、改札を経て構内フロア、エスカレータ、すべて慎重に走り、ホームに出たときはやはりドアが閉まる直前です。



ここで転んではならじと、格好は構わずバランスをとりながら走り、今回も滑り込みを演じたのでした。



懲りていない・・イヤ見方を変えれば、「できない理由」を言う前に最善を尽す姿勢の鏡ではないか、と考え巡らしたりしています。



(旧メッセージナウ2005年8月1日記事より)